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裸坊祭り「防府天満宮神幸祭」

―11月第四土・日曜日―
大行司の出発(撮影:渡辺良正) 御網代輿(撮影:渡辺良正)
大行司の出発
御網代輿
 京都の北野天満宮、福岡の太宰府天満宮とともに、三天神と言われる防府天満宮は、数ある天満宮の中でも最初に創建された天満宮として人々によく知られている。  菅原道真公が太宰府へ流されるとき、防府に立ち寄られ、国司土師氏の歓待を受けた。酒垂山に登り「身は筑紫に果てるとも、必ずこの地に帰り来たらん」と誓われたとか。延喜三(903)年菅公の御霊がお帰りになられたと酒垂山に社殿を建てた。延喜四年のことである。天神様はどこでも不思議な言い伝えを残している。
 神幸祭は、御神輿とともに巨大で重たい御網代輿を丘の上から、みそぎをして身を清めた氏子たちが、大勢むらがって、慎重におろすところがハイライトとなっている。
 昔は、清めた身体に、僅かに白木綿を身にまとい奉仕したところから、裸坊祭り(はだかんぼうまつり)と呼ばれたが、今は白装束で奉仕している。
 御網代輿に触れると、御神徳の御利益が大で所願が叶うと言われ、丘の上の神社から広い石段を慎重に下りて来るとき、大勢の裸坊たちがむらがり怒号と喚声でにぎやかな祭りとなる。
 菅公を浜に迎えたときに、国司とともに送迎の役を勤めた大行司、小行司も再現されて御神幸列に加わる。
 昔は旧暦十月十五日が祭日であったが、今は十一月第四土、日曜日に変更、菅公の霊を迎えた日曜の大祭日は大勢の参拝客でにぎわっている。
JR山陽本線防府駅から徒歩約15分
山口県防府市 防府天満宮

写真と文章:渡辺良正



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最終更新日:2011年1月25日
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