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津波で大きな被害を受けた岩手県大船渡市を訪れた。いわゆるリアス式海岸と呼ばれるこの地域には、いくつかの半島が海に向かって突き出ている。半島には複雑に入りくんだ岬と浦とが連続しており、その浦ごとに小さな集落があって人々が暮らしを営んでいた。 今回の津波は、その一つ一つまでをも丁寧に襲ったのである。こうした集落の多くには、民俗芸能が伝承されてきた。そうした芸能の一つ一つも、津波によって大きな被害を受けた。 訪れた越喜来(おきらい)の崎浜地区も、そのような集落の一つ。小さな入江を抱き込むように広がる集落は、真ん中の部分だけがすっぽり欠落していた。八月十四日、強烈な日差しが降り注ぐその風景の中を、喪服を着た大勢の人々が静かに高台の正源寺へと上っていった。 後を追って境内に入ると、既に本堂では盆の供養が始まっていた。中に入りきれない人々が前庭にも溢れかえっている。聞けば、例年であればこれほど集まることはなく、また喪服姿も少ないそうだが、やはり今年は特別なのである。 法要が終わると、三十もの真新しい位牌が本堂前に並べられ、それらを前に念仏剣舞(けんばい)の奉納が始まった。ケンバイというのは、岩手を代表する芸能の一つ。鬼などの異形の面をつけ(あるいは面なしで)、笛・太鼓にあわせて勇壮に踊る念仏踊りである。伝説では、非業の最期を遂げた源義経らを、中尊寺の僧侶が武者装束で踊ったのが起源ということになっている。 崎浜念仏剣舞では、一人が津波の犠牲になったという。幸い道具は残ったものの、盆に演じるかどうか直前まで決めかねたということであった。本来であれば、初盆を迎える家々を巡って踊るのであるが、今年はそれはせずに正源寺境内のみでの奉納となった。 この境内には、石造りの巨大な「海嘯溺死者供養塔」が建っている。海嘯(かいしょう)とは、津波のこと。これは明治二十九年に起きた三陸大津波の際の供養塔なのである。明治から随分と歳月が流れたが、それでも津波は襲い、多くの犠牲を出した。そしてそれでも人々はこの地に暮らし、こうして芸能を営んでいるのである。 平成23年9月〜12月のトップページの記事です。 |
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