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小さな曾我兄弟の傘焼き



曽我の傘焼き1(写真:久保田裕道)

 時代が平安から鎌倉に移らんとするころ、工藤祐経に討たれた河津祐泰の子十郎と五郎は、母満江御前とともに曽我の地に移り住んだと言われる。やがて長じた兄弟は、源頼朝による富士の巻狩りに乗じて父の仇討ちを遂げるも、兄十郎は討死、弟五郎は斬首。これが、後に能や浄瑠璃そして歌舞伎に取り入れられ、民衆に強い人気を得た『曽我物語』のストーリーである。
 「曽我の傘焼き」は、その兄弟の命日5月28日に開催される。兄弟が傘を燃して松明代わりにした故事にならって始めたとされるが、歴史的な裏付けがあるわけではない。一説には、傘は皮膚のカサ(瘡)に通じ、それを焼くことで無病息災を願ったものともいわれ、また祈雨の祭りであったともいう。そもそも、昭和初期に中絶する以前は、越前寺の法要に過ぎなかったのだが、昭和33年に復活して後は、地区を挙げてのイベントとなった。
曽我の傘焼き2(写真:久保田裕道) 特に歌舞伎にゆかりが深いことから、歌舞伎役者も参加している。また曾我兄弟の父である河津祐泰が相撲の名手だったことから、大相撲力士も参加するようになって、大勢の見物客で賑わうようになった。けれども観光祭礼と化したわけではなく、例えば開催日も曜日に関わらず命日の28日を頑なに守っている。
 中心となるのは、曾我兄弟に扮した幼稚園児二人。地区の中から選ばれてその年の栄誉を担う。また近年は前夜に子ども会による松明行列も行われ、子どもたちにとって楽しみな行事となっている。
 傘焼きが行われるのは夜で、鬼王・丹三郎役の五郎十郎の父親が点火する。



(秋田県大仙市大曲)
Text & Photo by Hiromichi Kubota




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最終更新日:2009年5月26日
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