トップページIndex御蔭祭−切芝神事−




御蔭祭
−切芝神事−



 賀茂御祖神社(下鴨神社)の場合、明治初年の神社祭祀法制化以前の年中行事を旧祭式、以降を新祭式と称して区別している。
 現在の御蔭祭≪みかげまつり≫は、旧祭式のころは御生神事≪みあれしんじ≫と呼ばれていたが、新祭式となって、神事斎行の場所が東山三十六峰の二番目の山、洛北上高野の御蔭山の麓であったからその名となった。
 旧祭式時代の御生神事は、旧暦四月の午の日。早朝より禮殿≪らいでん≫における解除≪げじょう≫の樹下神事≪じゅげしんじ≫から始まる。本宮を進発するときの歓盃≪かんぱい≫の儀。そうして神領内行粧を整える檜垣≪ひがき≫。御蔭山の山麓の禁足地へ行粧が到着すると、高野川(古名、埴川≪はにかわ≫)に面した船繋ぎ岩(磐座≪いわくら≫)において御生神事がおこなわれる。御蔭山の麓を風俗歌を奏しながら巡る神おろしの神事。その後、神領内総社神前での路次祭≪ろじさい≫。糺≪ただす≫の森に達してから芝挿神事≪しばさしのしんじ≫。切芝神事≪きりしばのしんじ≫。御生ひきと称して御綱を正官がひく、本宮の儀の全てを総称して、御生神事と呼ばれてきた。
 古代から、鴨氏が伝えてきた思想信仰を基とする祭祀と氏祖神の祭を御蔭祭と呼ぶようになり、氏子の祭へと変貌したこと。上知令後、神領内の各総社が独立したため諸神事が略されたこと。等々、大きな変革がもたらされた。しかし、古代から森林を祭祀場とする切芝神事は、御生された御神霊を神馬の背に移御し、御神前で御祭神のご来歴、風俗歌三代詠≪さんだいえ≫を奏上するのと、忌子≪いこ≫(童形)御杖を奉持、先導する本宮の儀は、今は葵祭にさきがけて五月十二日におこなわれている。

平成14年5月〜6月のトップページの記事です。



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